最後までわがままで。【Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - 岩手公演】

   

その女の子は、いつも控えめだった。
「私、大人数になればなるほど喋らなくなっちゃうんだよね」。
そう淡々と自己分析をする奥野香耶に、僕は好意を抱いていた。

彼女の生まれ故郷である岩手県には、東京から新幹線に乗って2時間ちょっとで着いてしまう。
それでも彼女を好きにならなければこの地に訪れることは一生なかったのではないだろうかと、
12月初旬にして、さも当然かのような顔をして降り積もる雪を踏みしめがら思いに耽る。
奥野香耶が所属する「Wake Up, Girls!」という声優ユニットが解散するまで残り4ヶ月。
いよいよ、盛岡でのライブが始まろうとしていた。

彼女たちの解散発表は突然だった。
岩手に訪れる半年前、仕事中だった僕の元に「Wake Up, Girls!」、通称"WUG"のファンクラブから「大切なお知らせ」と書かれたメールが届いた。
解散が決定した旨が書かれた文章を読み、デスクから転げ落ちそうになる。
絶望が視界を奪い、いつもは気にならない耳鳴りが脳みそ中を支配する。何が何だか、分からない。

「解散はいかんでしょ」
その日、オタク仲間の一人である甲斐はそう言って酒をあおった。
「いつから決まってたんだろうね」
そう発せられた声は驚くほど沈んでいて、自分は感情のある人間なんだと自覚する。
どちらからともなく秋葉原の居酒屋に集まった僕らは、解散についてあれこれ答えのない議論を繰り広げた。
一人では受け止められなくて、壁打ちの相手が欲しくて、なんだかものすごく恥ずかしくなった。
人に依存することをコケにして、ひとりぼっちで生きていけると誰に見られるわけでもないのに大風な顔を振りまいていたあの頃の僕はどこへ行ってしまったのだろう。
気づけば声優アイドルに依存して、そしてそんな依存先に別れを切り出されていた。

ステージに上がる"WUG"は、しかし「解散」という言葉を発することはなかった。
「HOME」と名付けられたファイナルライブツアーは7ヶ月12会場33公演という超大型ツアーで、これまでに千葉・神奈川・埼玉・大阪と回ってきていたが、終わりに向けて走っているはずなのに、公演ごとにWUGは進化し輝きを増し続けていた。
7人で構成されるWUGはメンバーの出身地がバラバラで、HOMEツアーでは全員の生まれ故郷を必ず一度は訪れることになっており、それぞれの出身地でメンバーごとに企画を披露することになっていた。

のびのびとした美脚をスカートの下から伸ばし、細身で、けれどもバネのありそうな体つきをした高木美佑は、いつも髪型をツインテールにしている。
「生まれっぱなし」という表現がぴったりの美佑は、常に動き回って笑顔を絶やさないアイドルだ。
WUGの最年少組でメンバーから弄られることも多く、時折おっさん臭い動きをするのも彼女の魅力である。
出身地の千葉県で行われたライブでは、自身のキャラソンで会場を大いに盛り上げた。

続く神奈川県では田中美海が自身の大好きなカラオケ企画を持ち込んだ。
ともすれば小学生に見えてしまいそうな童顔の持ち主である美海は声優としての活躍も著しく、メンバー内での知名度は一、二位を争う。
感情に素直で思いやりの心に溢れており、笑い上戸であり泣き上戸だ。
香耶曰く「天使」だそうだが、その天使は自分の見せ方が非常に雑で、コンタクトの液をカバンの中に捨てるなどの奇行に走ることもある。

大阪出身の吉岡茉祐は丸顔ベースに整った顔立ちが映え、三日月のような柔和な瞳が印象的だ。
WUGのセンターである茉祐はいつからかイケメンセンターとしてキャラが定着し、男性的な煽りでライブを盛り上げている。
「センターの赤い子がカッコよくてすごかった」と、WUGのライブを初めて見た人たちは面白いように口を揃える。
ただし彼女の本質は非常に乙女チックなところにあり、照れやすく恥ずかしがり屋な一面を備えている。
HOMEツアーの大阪公演では、1stライブの大阪公演で披露したコントを彼女自身がリメイクし、お笑いの本場を彩った。
茉祐を「推しメン」だと公言する、これまたオタク仲間の市川は公演後、マルチな才能を発揮する推しに魅せられたのか、「仕事やめてまゆしぃのヒモになりてぇ」と幸せそうな顔でぼやいていた。

盛岡の路上ですれ違う地元の人たちは、どうやら寒さに慣れているようだった。
日中でも氷点下を記録し、ほのかに降り出す雪が連れてくる寒さは、しかし都会とは違ってどこか暖かさを含んでいたように思う。
ビルの間を吹き抜ける冷徹な風ではなく、僕を歓迎し、受け入れ、優しく自然の厳しさを教えてくれるような、そんな風。

僕は、緊張していた。
僕の推しメンである香耶は、今日どんなステージを魅せてくれるのだろう。
WUGにとって、おそらく最後になるであろう岩手県という地。

「なんで香耶が好きなの?」
そういえば昔、甲斐にそんなことを聞かれたことがある。
「似てるから」
前後の言葉をこれでもかと言うほどに省いた僕の一言に、甲斐はどこまで理解したのか分からないが、「まぁ、確かに」と納得した表情を浮かべた。
実際、香耶の人前での立ち振る舞いは自分にこれでもかと言うほど似ており、そこに深く共感したのを覚えている。
喋ることは嫌いじゃない、むしろ好き。
けれど、大人数がいる場では話を聞いている方が心地いい。
興味のある話題が出たら、ちゃんと会話に加わりたい。
建前は必要だと分かっているけれど、本音で喋り合うのが好き。
自分の居心地のよさが、あなたへの信頼の大きさを測る尺度。
人の好き嫌い、あるいは距離の縮め方、心地よいと感じる瞬間、手を抜けるタイミング…
きっと、究極のわがままなのだ。他人には気付かれにくいだけで、真っ先に自分が落ち着ける好きな場所を見つけたがる。
本能的に持ち合わせる人への依存心を自覚せざるを得なかった僕が、偶然見つけたウマの合いそうな人物が香耶だった。

会場に入るやいなや「緊張して手汗が止まらない」と、連番を組むオタク仲間の金子に僕は逐一報告を入れた。
岩手という地で香耶が行うであろう企画。それはきっと、デビューしてから5年以上も一緒に過ごしてきたWUGの仲間に感謝を伝えるものになるのではないか。
もしそんな"尊い"ことをされたら正気で立っていられる自信もなく、ますます全身が硬直する。
自己表現の控えめな香耶が主役になれる地元でのステージ。
WUGである彼女が、自分の気持ちを、自分のペースで、素直にたくさん伝えられる機会はもうこの場しかないかもしれない。
だからこそ今この瞬間に、自分が自分らしくいられる、居心地のいい場所を作ってくれる大好きな仲間達に、自分の言葉でたくさん気持ちを伝えたい、香耶がそう考えても不思議じゃない。

結論から言うと、僕の目測は外れていた。
香耶が目を向けていたのはWUGの仲間達ではなく、生まれ故郷と、そして僕らファンのほうだった。
どうしてその目線に立てなかったのか、それは香耶が演者で、僕が演者でないからだ。
地元で主役になったからこそ、感謝を伝える相手は生まれ育ったその地と、いつも応援を続けてくれるファンにしかなり得ないのだ。

岩手県の混声合唱団「イーハトーヴシンガーズ」と共にステージに現れた香耶が披露したのは、子供の頃から歌っていたという地元の合唱曲「イーハトーヴの風」。
一人の声優アイドルから地元合唱団の中に溶け込んでソプラノになった香耶は、調和を武器とする合唱を見事に奏でつつも、これまで以上に、ひときわ美しいアイドルにさえ見えてくるほどであった。
岩手県で生まれ育った一人の女の子は、こんなにも綺麗に、こんなにも人の心を揺り動かすことのできる女性になったのだ。

そしてもう一つ披露された合唱曲は「旅立ちの時」。

夢をつかむ者たちよ
君だけの花を咲かせよう

「香耶はね、夏前からこの企画を考えていて」、そう茉祐が説明した瞬間、WUGに別れを切り出されたあの日の記憶がフラッシュバックする。
"解散"に向き合ったこの数ヶ月。そして"解散"に向き合い続ける、残りの日々。
それは当然、香耶だって同じだった。"解散"が発表されてから、岩手公演まで、たくさん考えて、たくさん悩んで、たくさん考えて。
どんな風に向き合って、どんなことを感じて、そしてどうしていきたいのか、今日までにちゃんと答えを見つけられたんだね。
フッと、肩の荷が下りる。香耶が大丈夫であれば、僕はもう大丈夫なのだ。オタクにとって推しメンとはそういう存在である。
"解散"にほとんど言及することなく進んできた「HOME」ツアー、残り20公演を残して、終わりへのカウントダウンを明確に刻ませた香耶は、とってもわがままだと僕は思った。
世界で一番優しいわがままだと僕は思った。
だってほら、僕は香耶のそんな姿に、こんなにも救われている。

僕の大好きな声優ユニット「Wake Up, Girls!」は2019年3月に解散する。
WUGには、もっとわがままでいてほしい。
香耶には、もっともっとわがままでいてほしい。
居心地のいいこの場所で、最後まで、わがままのままで駆け抜けてほしい。

その代わりに、というのは変だけれど、僕もわがままでいていいですか。
次の公演に今まで以上の期待をしてもいいですか。
曲中にあなたの名前を叫んでいいですか。
最後までWUGと香耶を好きでいてもいいですか。

 


 

本記事は『Wake Up, Girls! Advent Calendar 2018』21日目の記事となります。
昨日のご担当は(@housun_)さん、明日のご担当は(@S16g_evo)さんです。

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https://cobichart.fun/c95wug/
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