心の底から愛し合ったWUGとワグナー。僕らはあの日、"一線を越えた"。【Wake Up, Girls! FINAL LIVE 想い出のパレード】

      2019/03/14

Wake Up, Girls!を語るのは本当に難しい。
劇場版、テレビアニメ旧章、テレビアニメ新章、アニメと現実のハイパーリンク、東日本大震災…

僕が好きだったWake Up, Girls!は、どのWake Up, Girls!だったのだろうと考える。
言うまでもなく、声優ユニット「Wake Up, Girls!」の活動は好きだった。
ただ、アニメがなければ僕はWUGを知ろうともしなかっただろうし、そもそも東日本大震災という未曾有の大災害が起きなければ、この世に生まれていなかったはずのコンテンツだ。
WUGを通して出逢えた人が好きだし、訪れた土地も好きだ。
どの要素も、一つでも欠けては駄目だったのだろう。
そのことを踏まえた上で僕はやはり、一番大好きだった声優ユニット「Wake Up, Girls!」の話がしたい。

■ 別れと再会。WUGに対して無責任で傍観者だった自分。


ロンドンにあるセント・ポール大聖堂の螺旋階段を、六本木ヒルズに訪れるたびに思い出す。
映画「ハリー・ポッター」シリーズの舞台、ホグワーツ魔法魔術学校のモデルとなった場所だが、僕にとっての六本木ヒルズは雰囲気がそれで、あの周辺を歩くのは昔から好きだった。
そんな六本木の劇場でも、山本寛が監督をつとめる「Wake Up, Girls!」というアイドルアニメが公開されるようだと、5年前の冬、当時大学生だった僕の元にニュースが届いた。
公開日初日に観たその作品は想像以上に面白く、Twitterで感想を連投したことをよく覚えている。


最初から推しはかやたんだった。

 
その日から僕にとって六本木は、勝手に仕立て上げたハリー・ポッターの聖地から、これまた勝手に仕立て上げたWUGの聖地となった。
その夜には、テレビアニメ「Wake Up, Girls!」の第一期がテレビ東京で始まった。
アイドルアニメにあるまじき"人間臭さ"をしっかりと表現した作品であり、これもまた非常に面白いアニメだと思ったが、世間の評判は芳しくなかった。
風当たりの強い監督、改善されない作画、バッシングの出汁にされ続けるパンチラシーン。
最後までWake Up, Girls!の面白さは正当に評価されることなく、当時溢れきっていた面白いアニメの波にすぐに飲み込まれていった。
また僕自身も、このアニメの売り方には即座に疑問を覚えていた。
劇場版である「七人のアイドル」を観ている人のほうが少ないのに、その続編である物語をすぐにテレビアニメで放送するなんてファンを増やす最善策とは言えず、どうかしていると思った。

 
そういえば僕はこの時期に、声優ユニット「Wake Up, Girls!」のステージを生で観覧したことがある。
幕張メッセで行われていた「ワンフェス2014冬」で観た「タチアガレ!」と「7 Girls War」。
小さなステージで何とか頑張ろうとする女の子七人と、声援を飛ばすオタクたちの姿を、ステージから少し離れたオープンスペースで特に何の感情も抱かずに傍観する僕。
メロディーの良さは心地よかったが、それ以外に刺さるものはなかったように思う。
判官贔屓で応援してしまう性格上、その年の「アニサマ」でWUGを見たときは、知っている曲が来たと誰よりも強く振った気がするサイリウム。
しかし初めてのWUGフェスに足を運んだ僕は、ライバルユニット・I-1 clubの「ジェラ」に完全に心を奪われ、本当にしようもない、ただの一消費者としてWUGから足を遠のけてしまった。

衝撃のときはそれから数年後に訪れた。
代々木第一体育館で行われた「あにゅパ!!2017」。
久しぶりに観たWake Up, Girls!は、完全に勝ちに来るユニットへと豹変を遂げていた。
「7 Girls War」、「少女交響曲」、「Beyond the Bottom」、「恋?で愛?で暴君です」、「タチアガレ!」という有名曲を詰め込んだ完璧なセトリから伝わる、「新規客を掴みに行くぞ」という強すぎる意志。
ラブライバーが多く揃った会場で、負けじと声を張り上げ続けるワグナー。
大流行曲「ようこそジャパリパークへ」をカバーする柔軟性まで見せ、あの日の彼女たちの歌唱・ダンスを含めた圧倒的パフォーマンスは、僕のちっぽけな心を動かすのにはじゅうぶんすぎるほどだった。
「WUGってもしかして、とんでもなくすごいことになっているんじゃないか」
あの日に感じた予感は、当たっていた。

■ 美人になった、新生Wake Up, Girls!


「私たちが仲良くなったのって本当に最近だよね」と、テレビアニメ新章が放送される前のラジオで、WUGちゃんたちがしきりに話していたような記憶がある。
もう何年もユニット活動を続けてきた女の子たちの言葉とは思えないもので、僕は少なからず驚いた。
多くのWUGメンバーが口を揃える、「4thライブツアー」の頃からの彼女たちの関係性の変化。
あにゅパ!!を経て、そのタイミングで自分がWUGに惹かれたのは必然だったのかもしれないと、今でもよく思う。

僕が他界するきっかけとなったWUGフェスの翌年、同じイベントの終わりに吉岡茉祐が「まだ私たち、終わりたくない!」と叫んだ。
どうやらそこから、声優ユニット「Wake Up, Girls!」は、いよいよテレビアニメを超える存在となりつつあったらしい。
「僕らのフロンティア」から始まる別作品のタイアップ曲の獲得。
彼女たちは「3rdライブツアー」、そして「4thライブツアー」を経て、テレビアニメ新章までもを、彼女たちの右肩上がりになりつつあった人気のチカラで作り上げてしまう。
さいたまスーパーアリーナで行われたFINAL LIVEでは、テレビアニメ旧章の映像が使われる一方で、新章の映像は「7 Senses」だけだったと記憶している。
「そして物語は次の1ページへ」
その言葉と共に、テレビアニメ「異世界食堂」とのタイアップ曲であり、May'nとのコラボ曲でもある「One In A Billion」が始まった。
要するに新章の頃にはもう、新生Wake Up, Girls!は完成していた。この演出は、その象徴だった。

高校時代の担任が言っていた。
「男子たち、覚えておけよ。社会に出て独り立ちし始めた女子は皆、綺麗になっているからな。同窓会のときに驚くと思うよ。」
友達もおらず、一人として連絡先を知らない僕が同窓会に誘われることはついになかったが、久しぶりに再会したWUGちゃんはとても綺麗で、もしかしてこんな感じなのだろうかと脳が己の経験値不足を補ってみようとする。
勝手に彼女たちを追わないという結論を下した僕が、同窓会なんて表現を使うのはとてもおこがましいが、それにしても彼女たちは輝いていた。

そして驚くべきことに新生Wake Up, Girls!は、止まることなくひたすらに変化を続け、そして進化し続けた。

新章のオープニングである「7 Senses」は初期の頃はフェスでも映えず、弱い曲という認識が強かった。それがいつの間にか、彼女たちの自由さを最大限に引き出すような曲へと化ける。

ひとつ みんなでひとつ
答えはひとつだね

7つのセンス7人の個性
重ね合わせ もっと大きくなろう

初めて聞いたときは違和感しかなかった歌詞。
あまりにも分かりやすくストレートな言葉たちは、今までの彼女たちの楽曲とは一線を画し、センターである吉岡茉祐もそのことについて言及していた。


アニメイト池袋の衣装展トークイベントにて。

 
しかし今見返してみると、これ以上ないほどに彼女たちを表現した曲になっている。

約束の地。よもやこの曲を最初に聴いたとき、彼女たちが「さいたまスーパーアリーナ」に立つなんて思ってもみなかった。

HOMEツアーを重ねるにつれ、ふんだんに取り入れられ続けるアドリブダンス(誰かまとめてください)。
高木美佑の阿波踊りダンスや、しゃちほこダンスは記憶に新しい。

もしも誰かひとりが暴走しても
進める準備してきたはずだ

ここの青山吉能の暴走と、永野愛理の暴走を咎めるのか、あるいは一緒になって暴走するのかというアドリブも毎公演の楽しみだった。

■ 強まるワグナーの当事者意識。全員が大田邦良に。


Wake Up, Girls!を語る上で欠かせない要素の一つとして、僕はワグナーの当事者意識を挙げたい。
俺が、俺たちがこのコンテンツを支えるんだという、ともすると傲慢にも思える自覚。
しかしWUGの現場では当たり前のように、この自覚が共通認識として存在している。
もともとWake Up, Girls!という作品は、アニメ内でしっかりとオタクを描いていたことでも有名だ。
観客を可愛いモブの女の子にするのではなく、醜くも熱く、魂を焦がして推しを応援する大田邦良という男を重要キャラクターに据え置くことにより、
彼の存在が無意識のうちに、僕らワグナーをも物語の登場人物だと自覚させるトリガーとなった。


WUGを知らずとも大田さんを知っている人は多そうだ。

 
その当事者意識がよく現れる具体例をいくつか列挙してみたい。

まずはライブにおけるコールの大きさ、多彩性、統率性。
実際に聞いてみると分かるのだが、WUGのライブはコールが多彩だ。
声優コンテンツではなかなかお目にかかれない地下寄りのコールから、完全なオリジナルコールまで多数存在し、それが生まれる機会を阻止するような風潮も著しく少ない。
これはWUGのメンバー数人がオタクであることを公言していることも影響しており、青山吉能や永野愛理はオタ芸の一種である「咲きクラップ」と呼ばれるパフォーマンスをステージ上で平然と行い、高木美佑は「言いたいことがあるんだよ!」から始まる「ガチ恋口上」を述べたりもする。
吉岡茉祐の一級品の煽りも重なり、ワグナーのコールは非常に声量も大きく、恐ろしいほどに統率が取れている。しかも、上品なのである。耳を傾けるべきときにはしっかりと声を潜め、求められたときには明日のことは考えずに腹から声を出す。
「全てはWUGのために」、そういう想いが前提にあるからこそ、彼女たちに向けて大きな声を出したいと本気で思える、そんな現場だ。
初めてWUGを見に来た人たちが一様にこの光景を褒めちぎるのを、僕は何度も耳にした。

細かいところを探ると、Twitterでのファンによる囲い込みも見受けられる。
Twitter上で新参の人が少しでもWUGに興味を持ったような呟きをすると、非常に拡散されやすい。
おすすめの曲などを教えてくれる人も多く、反響に驚いた人も多いだろう。

発信者の多さも特筆すべきところだ。
1,000〜2,000人規模の箱でライブをしてきたとは思えない、発信者の数。
ブログやTwitterでのお気持ちの表明が当たり前のように文化として根付き、議論や共感を呼ぶ空間。

SSAのチケットを売り切ったのは、ワグナーの力も大きい。
「何でもいいからとりあえず来て」という声がかかって初めて足を運んだ人も間違いなく多いだろう。
解散するから興味本位で来たという人だけで埋まるほどSSAは甘くない。

これらは全て、ワグナーを賞賛するために書いているわけではない。
そもそも集団の民度とか、そういうものを語る以前の話なのだ。
僕らワグナーはあまりにも当事者になってしまったからこそ、WUGを盛り上げるために自然と"そういう集団"になっていく。

さて、トリガーを引いた大田邦良とは別に、WUG自身も僕らに当事者意識を植え付ける張本人となっていた。
4thツアーのテーマでもあった「TUNAGO」という一曲。「TSUNAGO」ではなく「TUNAGO」なのは、東北六県をイメージしているからだ。
東北に限らず、彼女たちが紡いできた時間、人や土地との絆を繋いでいこうとするこの曲のサビでは、ワグナーも同じように手の振付を行う。
決して僕らワグナーは、WUGちゃんを見ているだけの存在ではない。共に時間を歩み、絆を深めあってきた仲であり、改めてここで気持ちが繋がっていく。僕らはWUGちゃんとしっかり繋がっていて、これからも繋いでいくんだという意識が芽生える。

傍観者でなんかいられない。気づいたら、僕も立派な当事者の一人になっていた。

■ 家族、それは究極の愛の形。


Wake Up, Girls!の絆がこれ以上ないほどに深まり、互いを完全に理解し許し合ってからは、彼女たちはよりワグナーに目線を向けるようになった。また僕らワグナーも強まっていく当事者意識の中で、彼女たちにより深い愛情を向け始める。そして気づけば、その愛が目に見える形で次々と目の前に現れるようになった。

強烈に印象に残っているのが、バスツアー内で行われたWake Up, Girls!結成5周年記念ライブでの一幕だ。
「地下鉄ラビリンス」で彼女たちが「ワグナーさんの近くまで行きたい」と客席まで降りてきて、すぐそばで歌って踊ってくれたのである。
そのライブのダブルアンコールでは、ワグナー全員が手にキャンドルライトを持ち、WUGちゃんへのハッピーバースデーをサプライズで贈った。

当時のその演出を、彼女たちはのちにこう語った。
「私たちが出て行くとワグナーさんたち驚いて引いちゃうんだよね」

すぐそばにいる演者に手を出さない、そんなことは当たり前なのだが、オタク現場ではそれが意外と難しい。というよりも手を出してこないという確証を得るのが難しいのだ。
昔のアニサマでRhodanthe*というグループが客席に出ていった際、オタクたちが手を伸ばして彼女らを触ろうとしていた記憶が蘇る。
「ワグナーさんはいい人」、繰り返し山下七海が口にしたその言葉を聞いて、何だか、酔っ払った女の子に寄りかかられても絶対に手を出さない◯◯さん素敵、みたいな表現だなと少し面白くなってしまった。
彼女たちはその成功体験をもとに、翌月に行われた「Green Leaves Fes」でもメンバーが客席に現れ、2階席や後方でパフォーマンスを行った。


舞台「青葉の軌跡」でのこの発言は軽く衝撃だった。

 
解散発表後のHOMEツアーでも毎公演必ず、人が一人通れるくらいの客席の間を縦横無尽に駆け回るパフォーマンスを取り入れるようになった。
通路側にいると、彼女たちが走り抜けたあとに風と香りが残る。
HOMEツアーの横須賀公演に至っては僕の目の前が通路の最前列で、そこでWUGちゃんが歌い出したがために軽く失神しかけてしまった。
僕と彼女たちの間に遮る柵やテープなど一つもなく、その距離はお渡し会とまるで同じであった。
そして全公演を通して決して誰一人、通路に出た彼女たちに害を及ぶような行為を働くワグナーはいなかった。

WUGはワグナーを信頼しすぎていた。その愛の重さが嬉しかった。
HOMEと名付けられた最後のツアーで、彼女たちはしきりに僕らも家族だと伝えてくれた。
それは嘘偽りのない本心からの言葉だと、家族である僕たちには痛いほど分かった。

そして当然、僕らは当事者である。家族なのである。彼女たちからの信頼に報いたい。
いつからだろうか。
「Polaris」で白一色のサイリウムが、吉岡茉祐のソロでいっせいに赤色に変わるようになったのは。
いつからだろうか。
WUG全員が腰を手に回して歌っているときに、ワグナー同士も肩を組み始めたのは。

「ハートライン」の変化は強烈だ。
ラスサビ前の、青山吉能・吉岡茉祐の掛け合いソロパート。
普段は「よーっぴー!よーっぴー!」、「まーゆしぃ!まーゆしぃ!」と響き渡るコールが、
徳島公演ではセンターに連れられてきた「ななみん」コールに、仙台公演では「あいちゃん」、そして仙台の千秋楽では「わぐちゃん」コールになった。

一宮の昼公演では、吉岡茉祐が「タチアガレ!」コールの最後の伸びがどんどん長く大きくなっていることに言及すると、その夜にはとてつもない、過去最高の「タチアガレ!」が爆誕した。
吉岡茉祐の「叫べ!!!」という魂の咆哮に、ワグナーの同じく魂の咆哮がぶつかり合い、何百回と披露されてきたその曲が解散一ヶ月前になっても進化するという異常事態に見舞われたのだ。

気づけば、彼女たちの言いたいことが分かるようになっていた。気づけば、彼女たちの心の機微が感じ取れるようになっていた。そして彼女たちは、それを隠そうともしなかった。
青山吉能が吐露した、大阪公演・一公演目の迷いに気づかないはずがなかった。「ワグナーさんは私たちを映す鏡」だと吉岡茉祐は言った。そう、オタクは演者に似るし、演者はオタクに似るのだ。「解散が受け入れられない」というワグナーからのたくさんの手紙を読んで、その気持ちに全力で寄り添ってくれた奥野香耶。レコーディング通りにしか歌えないという本気の悩みを、家族の目の前でなら打ち明けることができた田中美海。とことんワグナーで遊ぶようになった高木美佑は、投げキッスを浴びせ、一時的な推し変を迫る"ビジチル"らしさを見せつける。誰よりも売れっ子な山下七海が時折見せた、誰よりも寂しそうな顔に心がズキズキした。ワグナーと目が合うたびに大きく目を開いてニッコリと笑う永野愛理は、その瞬間、その瞬間を本当に大切な思い出として心に刻み込んでくれていた。

HOMEツアーを通して本物の愛を確かめ合ったWUGとワグナーは、そしていよいよ、3月8日を迎えた。

■ 約束の地、さいたまスーパーアリーナで。


何度も言うように、ツアーを回ってきた僕はその日も当然、当事者としてその場にいた。
WUGを初めて見るという人もたくさんいる。でなければ、SSAが埋まるわけがないのだ。
だから誰よりも声を出そう。誰よりもWUGちゃんを応援しよう。最高の景色を一緒に見よう。
そう思っていた心に、警告音が鳴り響く。

本番前に行われたリハーサル。
「わぐらぶ」会員である2,600人を収容したところで、SSAは全く埋まらなかった。
アリーナはCの前方まで。200レベルも、ほんの前方しか埋まらない。
ステージ上で興奮するWUGちゃんを尻目に、自分たちの声が全く響かない大きすぎる会場に恐ろしさを覚えた。
どんなに声を出しても、いつもの熱量が届く気がしない。
きっとあの大田邦良でさえ、危機感を覚えて額に汗を浮かべたに違いない。

一方のWUGちゃんはというと、僕らの顔を見て緊張がほぐれたという。
肝が座っているのか、僕らを信頼しすぎているのか、もちろん、積み重ねた本人たちの自信によるものはとてつもなく大きいだろうが、いつも通り自由に伸び伸びとリハーサルをこなしていく。

そういえばと、HOMEツアーが始まる直前に市原で行われたリハーサルを思い出す。
単体で見ると、実を言うと、なかなかにひどいイベントだった。
普段のリハーサルの様子を見られるのはとても貴重な機会だったし、何よりもそういうWUGちゃんが見たいのは僕自身であったが、
解散が発表されて挑むツアーにしては、リハーサルから感じられる覇気もセットリストも弱すぎたのだ。

が、しかし翌日に僕は痛い目に合う。
開幕「SHIFT」から始まった強烈なPARTⅠは、リハーサルで下がりに下がりきった期待値を引き上げて、異空間に持っていくレベルですごいものだった。
完全にしてやられた。PARTⅠでは披露しなかった曲を何も言わずにリハーサルで歌ったあたり、彼女たちは僕らを驚かせるシナリオを完璧に考えてきたのだ。

そんな彼女たちが今、SSAに立つ。あの頃は信じきれなかった彼女たちを今信じなくてどうするのか。
本番まで数時間。湧き出る不安を、彼女たちへの信頼が打ち消していく。
Wake Up, Girls!は、僕が見てきたどの声優ユニットよりも最強なのだ。やがて僕の不安は完全に消えて、楽しむことしか頭にはなくなった。

その時が来た。
閉そく感のある通路を通り扉の向こう側へ渡ると、目の前に見慣れた景色が広がる。心臓が鼓動を早く大きく打ち鳴らす。
毎年足を運ぶアニサマ。あるいは去年、宮野真守が初めて単独で立った夢の舞台に、僕はWake Up, Girls!を観にきたのだ。
前から2列目の席に座っても、HOMEツアーの席よりも遠く感じるほど大きなステージ。

影ナレが始まる。丹下さん、松田、早坂さん。涙が出る。
スクリーンに流れ出した映像は、HOMEツアー中に撮影したものだろう。それぞれの出身地を歩く彼女たちの姿に、また涙が出る。

聞き慣れたイントロが流れ始める。「タチアガレ!」だ。
「あーーー!!!Wake Up, Girls!!!」
ステージの大爆発と共に、皆、空にいた。「黒子のバスケ」だと思った。紫原敦よりも高く飛んでいるなと思った。
SSAが、唸った。

それからと言うもの、正直、記憶がない。
楽しすぎて、記憶がない。セットリストを宙でなぞることすらできない。
この曲を聴くのも今日で最後だと思っただろうか。
彼女たちの愛おしい歌声を、最後の最後まで耳の奥に、脳みそのありとあらゆる回路に焼き付けようと思っただろうか。
目が14個ないことを悔やんだだろうか。
ああ、早くBlu-rayが欲しい。
そうだ、「TUNAGO」の歌詞がメンバーの手書きだった。また泣いた。
楽しくて楽しくて楽しすぎて、泣いて泣いて泣きまくって、感情のジェットコースターが続く。ブレーキはぶっ壊れていた。大脳辺縁系が大きく揺れる。
世界よ、見たか。これがWake Up, Girls!だ!
もしもこんなことを毎日続けたら、気が狂うだろうなと思った。

ダブルアンコールの話がしたい。
HOMEツアーの頃から、なんとなく、いつかは受け取るんじゃないかなと予感はしていた、WUGからワグナーへのメッセージ。
それをあろうことか、晴れ舞台であるFINAL LIVEでやる声優ユニットなんて、世界中のどこにいると言うのか。
その異常な光景は、しかし僕らが家族であることを考えれば何も不思議ではなく、僕は覚悟を決めてジッと耳を澄ました。

高木美佑ちゃんからの、たくさんのありがとう。
いつものMCからは考えられない長い文に込められた、あなたからの感謝の気持ちに、いよいよ涙が止まりませんでした。
いつでも全力で盛り上げてくれるWUGの花束のみゅーちゃん。信頼の塊でしかありません。
「WUGを見つけてくれてありがとう。」
こちらこそ、みゅーちゃんがWUGでいてくれてありがとう。

山下七海ちゃん。
天才という表現が正しいのかどうか、もはや分かりません。
天才という言葉では表現しきれないからこそ、「ななみんワールド」という言葉があるのでしょう。
いつも見せる天然の混ざったキレキレのワードに、なんども笑わされました。
あなたがWUGを想う気持ち、WUGにいることの喜びを、誰よりも僕らが知っていたと思います。

田中美海ちゃんのまっすぐで純粋な気持ちは、ストレートに心に刺さりました。
いい子という表現がこれほど似合う子はいないです。
WUGを守った、大きな力を持つ女の子。
何事も淡々と高いレベルでこなしていく姿、みにゃみがそこにいるという安心感。
誰もがあなたから勇気と優しさを受け取りました。

吉岡茉祐ちゃん。
最強のセンター。自由奔放なセンター。賢いセンター。
センターとは何だろうと考えさせられる。唯一無二のセンター。自慢のセンター。
まゆしぃがセンターにいれば、絶対に勝てる。ワグナーにとって、精神的支柱はあなただったかもしれません。
明日のことは考えずに、何度も何度もあなたに声帯を酷使されました。それが幸せでした。

永野愛理ちゃん。
みなさま来てくださってありがとうございます。
そう言って丁寧にお辞儀をする姿が大好きでした。
キレのあるツッコミが大好きでした。
WUGの謙虚さの象徴であり、WUGの潤滑油であり、お姉さんでもあった。
仙台出身のあなたは、Wake Up, Girls!そのものでした。

奥野香耶ちゃん。
わがままでいられる場所が、僕は好きです。あなたもそうでしょうか。
どこか斜めに物事を見ていると思われがちだけど、それがあなたにとって普通で、でもそれが世間にとって普通じゃなくて。
全部分かっていたよ、なんて言葉は嬉しくないと思うし、そんなことは人間である限り、あり得ない。
だからこそ、「知ろうとしてくれてありがとう」、この一言はズキズキきました。
正直、僕があなたへの想いを言葉にしても全部、空を切る気がします。手紙は苦手です。
結局FINALを迎えても、一度もあなたに書けませんでした。
どうか、頑張って、雲仙に持っていきたいです。

青山吉能ちゃんは、いつも欲しい言葉をくれました。
これ以上ないほどに、最高のリーダーでした。
「私たちはファンと演者の一線を越えてしまった」。
盛岡公演の夜に、よっぴーが放ったこの衝撃の一言が、今では当たり前のように感じます。
もはや、肉体関係でさえ陳腐に見えてくるほどに繋がりきった、心と心。
その繋ぎ役を率先しておこなってくれたよっぴーが、僕は大好きです。

皆、手紙を持つ手が震えていて、僕は、ずっと嗚咽を漏らしていて。
最後まで僕たちは本気で心を交わし合った。互いに本気で好きだったし、本気で愛し合っていたと思う。
ただの演者とファンではない、本気の関係が構築できたこと、こんな体験、二度とないだろう。

自分に問う。
「Wake Up, Girls!を好きになって、幸せだったか?」。
心の底から、何度でも頷こう。
何度でも幸せだったと叫ぼう。
何度でも、Wake Up, Girls!を思い出して、大好きだったと伝えよう。




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