そして俺たちは、宮野真守と友達になった【MAMORU MIYANO COMEBACK LIVE 2021 〜RELIVING!〜】

   

762日ぶり。だという。宮野真守の有観客ライブが。
その事実を、オープニング映像で知らされる。
この2年間、良いことよりも悪いことのほうが遥かに多かった。と思う。
762日前に聴いた、シャインの「Go for, let's go, next stage」という歌詞が示したメットライフドームでの単独ライブは、残酷なことに吹き飛んだ。
あの日あの場所あるはずだった「LIVING!」の文字が砂のように消えて。

「RELIVING!」

ここからまた、宮野真守はリスタートする。

何はともあれ。

「MILESTONE」である。
この曲を初めて聴いた時から、一曲目に歌ってくれるんじゃないかという予感があった。
「道標」というマモの言葉で湧き立つ俺。そう、いつだって彼は俺たちの前に標石を置いてくれるのだ。
この2年間の苦しみも、悲しみも、憂いも、全てこの曲が包み込んでくれた。
すごい曲だ。宮野真守がこれを歌うことで、全てが完成するのだ。
これは本当に、ただひたすらに、すごい曲なんだよ。

この2年間で作られた新曲は14曲を数える。
この中には、もし世の中がこんな状況でなければ生まれてこなかった曲もたくさんあるだろう。
それは、コロナ禍でも良かった数少ない一つの事実だ。
ライブは2時間という今までの単独ライブよりも短く限られた時間の中で、そして初の昼夜2日の4公演。
当然、この14曲は全て披露してくれるはずである。


(俺の恥ずかしすぎる予想セットリスト)

なんで俺、REMIXの脳みそがなかったんだろう。

いやあったんだよ。ちょっとだけあったんだけどさぁ。
完全に願望ベースだし、そのセトリを予想する勇気がなかったんです。
14の新曲と、「Jin Nakamura Remix」、「STY Remix」。
おいおいこれ、あまりにも最適解すぎねーか「RELIVING!」。
762日ぶりだというのに、一切構成を妥協しない男、それが宮野真守。
俺が好きになった男の名だ。

今だからこそ出た言葉

コロナ禍で良かったことなんて、数えるほどしかない。

テレワークになった、とか。
人気店に並ばずに入れるようになった、とか。
ライブで1席ごと空くようになった、とか。

そんな中行われたライブの中で、俺は衝撃的な一言を推しから浴びることになる。

「家族を超えた友達」

宮野真守が発したその表現の矛先は、「RELIVING!」で久しぶりに再会したチームマモの面々に向けてだ。
よっぽど嬉しそうな推しの笑顔を見て「良かったねぇ」という気持ちに満たされる。
次の瞬間、推しが、俺を見る(正しくは”俺らを見る”だが、あの時は間違いなく、推しが俺という一個人、あるいは、あなたという一個人を見ていた、ようするにものすごく精神的な話だ)。

「みんなも友達」

 

!?

 

「トモ…ダチ…」
俺はまるで、心を持たない怪物が初めてその単語を聞いた時かのように、その言葉を反芻した。
脳の言語中枢が著しく退化した俺は、頭の中にある広辞苑でその未知なる単語の意味を探す。

とも-だち【友達】
親しく交わっている人。とも。友人。朋友。元来複数にいうが、現在は一人の場合にも用いる。

ん・・・?
俺と宮野真守は、いつから「親しく交わっている人」になったんだ!?
ねえ君知らない?俺と宮野真守はいつから?
ねえ待って俺、紅白に宮野さん出たら「ねえ見てこれ俺の友達!!俺の友達なの!!!マジだって!!!」って言うよ???

確かに昔から宮野真守と俺たちファンの繋がりは、とても精神的な意味を持っていた。
この日、俺たちの道標になろうとしている彼は、昔から俺たちの心に寄り添っていてくれた。
けれど互いに「友達」なんて解釈は、今までまず存在していなかった。
いつだって俺たちは、安心して宮野真守が導いてくれる世界に誘われ心を満たしている、そんな関係だったはずだ。
そんな中、コロナ禍で立ち止まった762日があったからこそ、会えなかった762日があったからこそ、その出会えた喜びが「友達」というワードで、予期せずに意図して発せられたのだと感じる。

本人の「これからのドームへの想い」は、「RELIVING!」では聞くことができなかった。
そもそもドームライブは別に終着点ではないし、本人のアーティスト活動の最終目標でもない。
けれども先へ先へと連れて行ってくれる宮野真守にとって、一つの到達点として、間違いなくドームライブは大きな意味を持っていたはずだ。

現状恐らくだが、「コロナ禍があけたらドームライブやります!」なんて話はないのだと思う。
エンタメ業界の先はまだまだ見えないし、この2年間であらゆることが変化した。
オンラインライブも当たり前になり、集客自体が落ち込む未来だって考えられない話ではない。
けれど、俺の知っている推しは絶対に立ち止まらない。
まだ見たことのない景色へ、時に歩みを止めて、時に手をとって、そして今度は友達として迎え入れながらまた連れて行ってくれると確信的に、盲目的に信じられる。それが宮野真守だ。

友達として今、何ができるか考える。ダメだ・・・友達が少なすぎて分からない。
そもそも、責任なんて持たない、気の置けない間柄が友達なんじゃないのか。どうなんだろう。
とても嬉しいその言葉は、それと同時に、とても重い言葉でもある気がしてくる。
どう考えても考えすぎだが、けど俺は友達に喜んでほしいし、そのために何ができるか考えたい。
そして俺は、いつかドームに立って、より多くの人を幸せにする推しが見たい。

「一緒にエンタメを考えていこう」

そう彼は言った。だから俺は、考えたいと思っている。
たぶん、楽しいところに人は寄ってくる。幸せな空間に人は寄ってくる。そんな気がする。
だから俺は、疲弊したこの世の中で、世界で一番「宮野真守」を楽しんでやろうと思う。
死ぬほど、楽しんで、幸せになってやろうと思う。まずは、そこからだ。

 

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